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コ2【kotsu】レポート 身体感覚セミナー「“超”肥田式強健術入門」

本サイト超人になる!(バックナンバーはこちら)」を連載中の長沼敬憲さんをホスト役に、多彩なゲストを迎えて毎月開催されている「身体感覚セミナー」。先月6月21日行われた、第16回は“知る人ぞ知る”ハラの達人、肥田春充(1883〜1956年)が創始者である「肥田式強健術」をテーマにひらかれた。ゲストは、こちらも本サイトで「新解・肥田式強健術入門(バックナンバーはこちら)」を連載中の富田高久氏(肥田式強健術研究会会長。以下、富田会長)。実演あり、レシピ紹介あり、ふつうの人こそ腑に落ちる、“超”入門編となったセミナーをレポートします

コ2【kotsu】レポート

身体感覚セミナー「“超”肥田式強健術入門」

文●阿久津若菜

超人は手に負えない

 今回のセミナーの話をいただいた時、「肥田式強健術のことはよく知らないけれど、面白そう」と好奇心が先に立ち、レポートを二つ返事で引き受けました。

 長沼さんが主催される身体感覚セミナーは、なんだかいつも面白い。世界を測る新しいモノサシを手渡される感じがして、毎回とても興奮します。

 今回のテーマである「健康」については、昔から根強い不満がひとつありました。それは、"なぜ不調の時しか自分の身体を感じられないのだろう?" ということ。腰が痛いとか、肌が荒れているとか、故障がでるまで自分の身体に気がつけないから、寝不足でもストレスがかかっていても、ギリギリまで身体の言い分を後回しにする。

 健康って一体何だろう?

 そんなこともあり肥田春充が昭和の初期に創始し、丹田の開発を中心に据えた健康法として注目を集めた「肥田式強健術」が求める健康とは? と知りたくなりました。 参加する前に少しでも肥田式のことを知っておこうと、いくつかの資料に目を通してみました(肥田春充の人となりについては、『表の体育 裏の体育』(甲野善紀著、PHP文庫。オリジナル版は壮神社)が特におすすめ)。

  • 子どもの頃は「茅棒(かやぼう)」とあだ名つくほどの虚弱体質だったのを一念発起、古今東西の体育法・運動法・健康法を研究し尽くし、たった2年で健康体を手に入れた。

  • 自身がつかんだ独自の体感を緻密に分析した結果、人の身体の物理的中心を「丹田(ハラ)=正中心」と定め、それを活性化させる鍛錬法を生み出した。

  • 42歳で正中心の力を悟った時、道場の床板(8分厚)と根太(4寸角)の足の形通りに踏み抜いたという。写真も残っている。

……これだけでも、春充の並々ならぬ超人性を感じるエピソードばかり。

 さらに肥田式の特徴をあらわす “腰腹同量”、“正(聖)中心”といった、ものものしい言葉の響きにも気後れしてしまい。"ふつうの人でもできるのだろうか、こんな超人、手に負えない……"と、バラバラな頭のままでセミナー当日を迎えました。

写真左が肥田春充。端然とした正座姿

健康になるはずが腰をこわす?

 セミナーが始まり、長沼さんの招きで富田会長が登場。富田会長は、30代の時に身体を壊したことをきっかけに肥田式の修行を開始、現在は肥田式強健術研究会の会長を務めておられます。事前に読んだ肥田春充のイメージから勝手に想像していた雰囲気とはだいぶ印象が違い、その穏やかな佇まい、年齢を感じさせないすっきりした姿にまず、ほっとしました。

 とはいえ、やはり肥田春充の超人伝説の影響は強力で、1985年に研究会を立ち上げた当初、富田会長のもとには「一週間で空中浮遊ができるようにしてくれ」といった、キワモノ的超人に憧れた人たちが弟子入りを志願してきたこともあったといいます。 また実際に当時の練修は激しく、富田会長自身も

「30年以上前に稽古を始めた頃は頭でやっていたから、1日4時間くらい練修して終わると、這って歩くんですよ。ずいぶん無茶しながら、だんだんコツをつかんでいきました」

と朗らかに笑われます。

 今は道場に来た人それぞれの身体を見極め、その人にできることから稽古を始めてもらうそうですが、それにしても、腰や腹回りの筋力が相当おとろえている人がほとんど。まずはその筋力を強化しないことには、基本の姿勢をとることすらできずに、ただ腰を痛めてしまうのだといいます。 “正中心”も同じこと。

「図:正中心の学理的説明」にあるように、その位置は厳密に決まっているものの、実際は“へそ、腰椎と仙骨の接合点を水平に保つ”姿勢をとるのはかなり難しいといいます。へそはもともと上向きについているので(ここは一番ナルホド! と思いました)、へそをぐっと下げ腰は上げる、この動作には腹や腰回りの筋力が相当必要になるのです。

「無茶しながら、だんだんコツを掴んでいきました」と笑う富田会長

無形の一点“正中心”へと力をまとめる

 ただし筋肉はむやみに鍛えればよいわけではなく、入れた力は抜き、使った筋肉は戻すことをしなければ、本当に強い力は出せません。この一連の動きを合理的な型に集約させたのが、肥田式簡易強健術の11の型(第一動〜第十一動)。一つひとつの型で、どの筋肉をゆるめ、鍛えられるかが決まっています。

 基本は、手を挙げるなど重力に逆らった動きをしたあと、そのままストンと力を抜くだけ(力の抜けきったゲンコツが身体にあたると、けっこう痛い。これが位置エネルギーが運動エネルギーにムダなく変換された瞬間)。この力を身体の中にある無形の一点、正中心に向かってまとめていきます。会場では、正中心を鍛えるのに研究会が一番重視している“第四動 外腹斜筋”、関節の自由度が一発でわかるという“第十一動 三骨軽打法”、そして病人でもできるという“下脚緊張法”のデモが富田会長の解説つきで行われました。

「肥田式には11の型がありますが、一日に何回、何分やるという目安はありません。人のためにすることではないので、自分の身体の現実を知り、それをどうしたらいいか考える。嫌々やっていたら、似て非なるものになってしまいますから」

 これなら私にもできるかも。あくまでも自分が健康になるために行うメソッドらしい……と少し安心したのでした。

“下脚緊張法”のデモのようす

“食う・練る・休む”、万人の健康術

 セミナーの後半は「真食養」について。実はここからが、身体感覚セミナーの真骨頂。肥田式とは、先に述べたような身体の練修だけを指すのではありません。動物が本来もつ、自分で病を治す力に着目し「真食養(食う)」「正中心錬磨(練る)」「純自然体休養姿勢(休む)」の3要素を、健康の本質として位置づけています。それらのどれ一つが欠けても、健康は成り立たないといいます。☆図:スライド「肥田先生が探求した「聖中心道」とは?」春充が実践し、お二人も続けている食養に「発芽玄米」を使ったジュースがあります。玄米を水に浸けて針先ほどに発芽させ、水でふやかした大豆とあわせてミキサーにかけます。飲みにくい場合はバナナやブルーベリーなどの果物を加えてもよし。これを朝に飲むと、夕方までほぼおなかが空かないそうです。玄米の産地などによっても、発芽の勢いが違ったりするので、自分でもいろいろ試してみてくださいとのこと。肥田家の離乳食でもあったそうで、特に参加者の女性たちが興味津々。レシピの実際について細かく知りたい、と質問が飛んでいました。

健康の先にある“玄妙即平凡”

 最後に富田会長に「健康な身体とは?」と伺ってみました。答えは

「健康な身体とは、ちゃんと気力が充実して前に進めるということ。気力がないと健康といえないんです。だから肥田式では“強健”という言葉がでてくるのですけれどね。今の人たちは健康のことを、“病気でない身体が健康だ”という風に考えていますが、それでは萎えているだけですよ」

という、いささか意表をつくもの。そして富田会長は「実は私は、腎臓の透析を30年以上やっているんです」とさらりとおっしゃいます。朗らかで張りのある声、艶やかな肌、すっと芯の通った姿からは、そんなことは微塵も感じられません。

 かつて春充は、明治大正期の政治家である大隈重信について、テロに遭い片足を失った姿を「姿勢がよくバランスが取れている」と評したといいます。すべての身体に宿る健全性に目を向け、健康の本質である3要素、食べる、練る、休むをコツコツと積み重ねていくこと。それを富田会長は“玄妙即平凡”、ふつうに生きていくなかで体現されるものにこそ、その本質が隠されているとおっしゃいます。

「健康とは、故障のない完全無欠な身体を目指すことではない」

これまでの、不調を見つけては取り除くことに躍起になっていた自分の健康観がガラガラと崩れていった瞬間でした。

 完全でなくていいとわかったからといって、これからの私が健康でいられるかはわかりません。生身の身体はヨレたり傷んだり、いつも何らかの弱さを抱え続けるものだし、春充たち先人が厳しい鍛錬を積んだ先につかんだ「ふつうであり続けること」は、今の私が知る「ふつう」とはだいぶ格が違うと思うから。だからこそ、なんの衒いもなくコツコツと、自分の身体と向き合ってこられた富田会長自身がまさに、今日的な肥田式の“超人”の姿を体現しているのだと思ったのでした。こうして自分なりの自然体を取り戻すことができたら、身体は今までよりもっと充ちてくる。そんな可能性の芽を、じっくり感じられた時間でした。

 今回の「“超”肥田式入門」を企画された、長沼さんが主宰される「身体感覚セミナー」については、こちらのサイトをどうぞ!「Little Sanctuary」毎回身体と食についての興味深いテーマとゲストで要注目です!

--profile--​

●長沼敬憲(Takanori Naganuma)

1969年、山梨県生まれ。エディター&ライター。20代の頃より身体や生命のしくみに興味を持ち、様々な経験を積む中で身体感覚としての「ハラ」の重要性に着目。30代で医療・健康・食・生命科学の分野の取材を開始したことを契機に、同分野の第一人者の多くの知遇を得る。2011年8月、「生命科学情報室」を開設(現 リトル・サンクチュアリ)。2014年1月、読者有志と「ハラでつながる会」を設立し、毎月1回、「身体感覚セミナー」を開催中。情報サイト「Little Sanctuary」運営。

●富田高久(Takahisa Tomita)

1949年、鹿児島県出身。30歳の時に肥田式強健術と出会い、取り組むほどにその効果と奥深さに衝撃を受ける。1985年、肥田式強健術研究会を設立。以来、会長として肥田式強健術の研究と普及に努めている。ビデオ「肥田式強健術(入門編)」「肥田式強健術(実践編)」

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