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【連載】お腹で分かるあなたのカラダ やさしい漢方入門・腹診 第三回「腹診をやってみましょう!」

漢方の診察で必ず行われる「腹診」。指先で軽くお腹に触れるだけで、慣れた先生になるとこの腹診だけで大凡の患者さんの状況や見立てができるといいます。「でもそんなこと難しいでしょう」と思うところですが、本連載の著者・平地治美先生は、「基本を学べば普通の人でも十分できます!」と仰います。そこでこの連載ではできるだけやさしく、誰でも分かる「腹診入門」をご紹介します。

お腹で分かるあなたのカラダ やさしい漢方入門・腹診

第三回 「腹診をやってみましょう!」

文●平地治美

「腹診」ってなに?〜おさらいとして

 お腹に触って診(み)ることで、カラダやココロの状態がわかる「腹診」。

 生まれ持った体質や性格、かかりやすい病気、卵巣や子宮といった婦人科系の状態など、腹診が教えてくれることはさまざまです。

 今回は、その具体的なやり方について紹介していきます。連載がしばらく空いてしまったので、その前に「腹診とはなにか?」について、おさらいをしてみましょう。

腹診は、四種類ある漢方の診断方法である「四診」のひとつです。

  • 望診(ぼうしん):患者さんを見て診断する

  • 聞診(ぶんしん):音や匂いで診断する

  • 問診(もんしん):質問して答えてもらう

  • 切診(せっしん):体に触って診断する

 この四種類の診断のうち、腹診は「切診」に分類されます。

「漢方の診断をする時は、この四診を総合して注意深く行わなくてはならない」

と、漢方の古典である『黄帝内経[編註:こうていだいけい。現存する中国最古の医学書と呼ばれ、基礎理論編の「素問」と実践編の「霊枢」を、今も読むことができる]』にも注意が促されているほどで、四診からわかることを総合的に判断して、診断をつけていきます。

 ですので、腹診だけで病名を決めつけることはありません。

 また専門家でなくても、みなさん自身が自分の主治医になって、この四診を健康管理に役立てることもできます。

 たとえば……鏡の前に立ち、顔色や舌の状態をチェックして「望診」を、声の調子や便や尿の臭いで「聞診」を、そして腹診で「切診」まですると、かなり今の自分の状態を把握することができます。  さらに「問診」として、昨日の過ごし方や、もう少し長い期間の生活状況など振り返ります。もし不調があれば、何かしら思い当たる原因が見つかるものです。

腹診のポイントは“ギュウギュウ押さない”こと

 ただし自分で腹診を行うにあたっては、いくつかの注意事項があります。

1)腹診は診断方法のひとつです

 まず間違えないでいただきたいのですが、

腹診は漢方的な「診断」であり、〝治療〟や〝ケア〟ではない

ということです。

 自分のカラダの傾向や弱っているところを見つけて、早めに対処するために行います。それぞれの腹証(お腹の状態)の養生法や適する漢方薬については、次回以降で紹介していきます。

2)「長時間」「強い力で」「押す・もむ」のは厳禁!

 腹診は安全な診断方法ですが、長い時間、ギュウギュウとお腹を押すようなことは、絶対にしないでください

 「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」。なんでもやり過ぎは逆に害になるのです。

 以前流行した「腸もみ(お腹をもむ健康法のひとつ)」をしすぎて腸捻転をおこしたり、青いアザができるほどの力で押して腹痛を起こしたりした例もあったそうです。実際、どのくらいの強さで押すのが適当かは、このあと説明します。

3)「腹診を避けた方がよい場合

 以下のような場合は、腹診をする前に早急に医療機関を受診してください。虫垂炎、腸閉塞、子宮外妊娠、卵巣嚢腫など、緊急の処置が必要な可能性もあります。

  • 触る前から痛い

  • 触っただけで飛び上がるほど痛い

  • 急に痛みや腫れなどが出てきた

 ただしふだんから腹診をしていれば、急になったものなのか、以前からあったものなのかがわかります。日頃、自分のカラダを観察してよく知っておくことは大切なことなのです。

4)「妊娠の可能性がある場合  妊娠中、特に妊娠初期は、お腹の状態がふだんとガラリと変わることがよくあります。強く押してはいけませんが、腹診を上手に活用すれば、妊娠中のさまざまな症状の予防につながります。次回以降、妊娠中によくある腹証について説明します。

自分でする「腹診」のやり方

手順1)準備

手が冷たい場合は、まず手を温めます。自分で自分のお腹を触る場合は、お腹が見えるようにやや上体を起こして座った状態から始めます(洋服をたくし上げ、お腹に直接触ります)。

 ただし腹筋に力が入ると、お腹本来の硬さや柔らかさの状態がわかりにくくなってしまうので、

  • 腹筋に力を入れずにすむ角度まで、上半身を起こす

  • ソファや座椅子など、背もたれのあるイスを使う(背中に体重を預けて、腹筋の力を抜く)

  • それでも力が入ってしまうなら、鏡を自分の前に置き、寝た状態で横向きになって観察する

といった工夫をしてみましょう。慣れてくれば、寝たままお腹に触って、その日の硬さ、柔らかさを確かめるだけでもよいかもしれません。

手順2)お腹全体を観察する

 皮膚の色やツヤ、盛り上がっているところや凹んでいるところがないかを観察します。

腹診でみるお腹

 腹診で観察する「お腹」とは、上は肋骨下〜下は鼠蹊部(そけいぶ)から恥骨の上あたりまでのことを指します。(上図)

 理想のお腹の状態とは、

  • ほどよく柔らかく、適度な弾力がある

  • なめらかでツルツルしている

  • 温かい

  • ベタベタしていたりガサガサしていたりせず、適度な湿り気がある

つまり「つきたてのお餅のようなお腹」が理想の状態です。

【観察のポイント】

  • 毛が生えている場所は、弱いところです。呼吸器が弱いと胸や肩に、胃腸が弱いとおへその周りに産毛が生えていたりします。

  • 凹んでいる場所も、弱いところです。気が巡っていないために、その部分を守る力が弱っています。

  • 盛り上がっている場所は、余分なものが詰まっているところです。

  • ほかの部分と比べて色が白く抜けている、黄色っぽい、黒ずんでいる……といった、色が違っている場所も、その人の弱いところです。体調によって色が濃くなったり薄くなったりする変化を観ます。

 また症状ではありませんが、以下のような傾向もあります。

  • 肋骨の角度が広い→食欲旺盛で油断すると太りやすい。特に上半身に肉がつきやすい。

  • 肋骨の角度が狭い→痩せ型で食欲がない、またはたくさん食べても太らない。無理して食べると体調を崩す。

手順3)おなか全体を上から下へなでる

 指に力を入れず、表面を触るか触らないかのような状態で、掌(てのひら)全体で軽く触れ、上から下へなで下ろします。

 ベタベタ、カサカサ、ザラザラしている、などの肌触りを感じてみましょう。

【観察のポイント】

  • ベタベタしている 肌の表面に汗が漏れ出てしまっている状態です。気の働きが悪いと、毛穴をしっかり閉じておくことができません。すると毛穴から汗とともに気がもれ→さらにその汗が体を冷やし→さらに気虚(※)が進む、という悪循環になります。 ※気虚:人が生きていく上で必要なエネルギーである「気」が不足した状態のこと。ヤル気が出ない、いつもダルい、疲れやすい、冷える、すぐ風邪をひく……などはすべて気虚の症状です。

  • カサカサしている 表皮に気が巡っていない、または冷えにより毛穴が閉じてこわばっている状態です。ガサガサした“さめ肌”の場合は、血がドロドロとして滞った「瘀血(おけつ)」の状態になっていることが多くなっています。

  • お腹が冷たい みぞおちからおへその上あたりまでが冷たい場合は、胃が冷えています。胃下垂の人は、もっと下の方まで冷えていることもあります。 漢方では気を作り出す場所は胃であると考えています。そこが冷えていると十分な気が作れないので、気虚の状態になってしまいます。

  • ゆっくりなでてみて、やけにくすぐったい場所、嫌な感じがする場所があれば、そこは弱い場所であることが多いものです。

手順4)さらに詳しく観察する

全体を診たら、次に腹診において重要なポイントを押して診ていきます。ここからは、膝を伸ばして仰向けに寝て行うとよいでしょう。

 人差し指〜小指までの4本をそろえて、指の腹でお腹全体を押していきます。大きな円を描くように、お腹全体をゆっくり押します。

①みぞおちの下からはじめ

 ↓

②一番下にある肋骨に沿って指を進め

 ↓

③さらに鼠蹊部から下腹へ行ったのち

 ↓

④反対側の鼠蹊部、肋骨を通り、元の位置に戻ります。

お腹を押す順番

 お腹を押す順番とその位置(上図)。時計回り、反時計回り、どちらからでもOKです!

 肋骨に沿ったところおへそと胸骨下の中間おへその周り(親指一本分)上、斜め下おへその下(指四本分)鼠蹊部これらのポイントを押して、冷たい、痛い、拍動が強い、触るといやな感じがする、などの感覚がある場所は覚えておきます。

【触り方のポイント】

 指を斜め45度くらいの角度で、指が1〜2cm程度、沈む程度の力で押します。力を入れすぎてはいけません。

指の強さ

  • グリグリと探ると危険なこともあるので、一箇所につき3秒くらいかけてゆっくりと垂直に押していき、痛みを感じた場合はそれ以上力を入れて押さないでください。

  • 急にグッと押すのも危険な場合があるので、一箇所につき3秒くらいかけてゆっくりと指を沈めていきます。

  • 同じ箇所を何度も力を入れてグイグイ押すようなことをしてはいけません。特に痛かったところや、違和感があったところはは覚えておきましょう。

  • 水性ペンで印をつけておき、あとで鏡で見るなどしてその位置を確認してもよいでしょう。

  • しこりや塊を見つけることがあっても、もみほぐしたりはしないでください。 はじめにも書いたように、腹診はマッサージや治療ではないのです。

 いかがでしょうか? まずは「腹診」といっても、お腹をギュウギュウ、グイグイ、強く押さないことがわかれば十分。

 「つきたてのお餅」のような、理想のお腹でない場合、それぞれどのような意味を持つのかを次回、詳しく説明していきます。

(第三回 了)

書籍『やさしい漢方の本・舌診入門 舌を、見る、動かす、食べるで健康になる!』(平地治美 著)

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-- Profile --

著者●平地治美(Harumi Hiraji)

1970年生まれ。明治薬科大学卒業後、漢方薬局での勤務を経て東洋鍼灸専門学校へ入学し鍼灸を学ぶ。漢方薬を寺師睦宗氏、岡山誠一氏、大友一夫氏、鍼灸を石原克己氏に師事。約20年漢方臨床に携わる。和光治療院・漢方薬局代表。千葉大学医学部医学院非常勤講師、京都大学伝統医療文化研究班員、日本伝統鍼灸学会学術副部長。漢方三考塾、朝日カルチャーセンター新宿、津田沼カルチャーセンターなどで講師として漢方講座を担当。2014年11月冷えの養生書『げきポカ』(ダイヤモンド社)監修・著。

個人ブログ「平地治美の漢方ブログ」

和光漢方薬局

著書

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