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【連載】お腹で分かるあなたのカラダ やさしい漢方入門・腹診 第四回「腹証と養生 その1」

漢方の診察で必ず行われる「腹診」。指先で軽くお腹に触れるだけで、慣れた先生になるとこの腹診だけで大凡の患者さんの状況や見立てができるといいます。「でもそんなこと難しいでしょう」と思うところですが、本連載の著者・平地治美先生は、「基本を学べば普通の人でも十分できます!」と仰います。そこでこの連載ではできるだけやさしく、誰でも分かる「腹診入門」をご紹介します。

お腹で分かるあなたのカラダ やさしい漢方入門・腹診

第四回 「腹証と養生 その1」

文●平地治美

「腹証」を知る意味

 前回(第三回)では、理想のお腹とはどんな状態か? ということ、そして腹診の実際のやり方をお話してきました。 でも実際のお腹は、つきたてのお餅のような理想の状態であることは、ほとんどありません。ブヨブヨとふくらんでいたり、色がくすんでいたり、石のような塊があったり……。そんなお腹のそれぞれの状態を「腹証」と言います。

 腹証には、その時の病態を表す漢方用語や処方名を当てて「〜の腹証」と言うこともあります。たとえば、

  • 血が滞った瘀血(おけつ)の状態で、おへその斜め下に圧痛が出る→「瘀血の腹証」

  • その時に痛む場所が左である→「桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)の腹証」

 といった具合です。

 お腹には、カラダの中で起きていることがそのままあらわれます。だからこそ、「腹診をして腹証を決める」ことができるのです。

 ただし現在の日本では法律の規制があり、薬局で腹診をすることができません。四診のうち、切診である「腹診」と「脈診」ができないので、それ以外の診断である、望診(見る)・聞診(聞く)・問診(問う)で、診断をすることになります。

 私自身、鍼灸師になる前に薬剤師として薬局で勤務していた頃は、患者さんのお腹に触ることができませんでした。ですが処方を決定する際に、腹証が決め手になる場合もあります。薬局で相談する際に、自分の腹証が伝えられれば、最適な処方を選ぶ参考になると思います。

「養生」とは

 腹診などで診断したのち、漢方で治療を行っていきますが、漢方=漢方薬だけではありません。

  • 湯液=漢方薬のこと

  • 鍼灸=鍼やお灸のこと

  • 按摩=カラダを揉んだりさすったりして調子を整えること

  • 導引=体操、呼吸法のこと

  • 養生=食養生などを含む生活指導

 でトータルに治療を行っていきます。

 養生は食事、睡眠、心の持ち方、性生活、入浴、衣服や住居などあらゆる日常生活が含まれますが、

「一に養生、二に薬」

と言われるほど。日頃の養生は、まずはじめにするべきだいじなメンテナンスです。

 ここでは「日常で気をつけること」という項目で、養生のやり方について述べています。また「処方」の項目では代表的な漢方薬を示しますが、選ぶ際はなるべく、専門家に相談することをお勧めします。

 江戸時代の儒学者で『養生訓』という書物を著した貝原益軒(かいばらえきけん)は、養生において最も大切なのは「畏(おそ)れを持つこと」と言っています。

 このあとで紹介する“実満”という腹証の人は特に、この言葉を胸に刻むべきです。「自分だけは例外だ、特別だ」という意識は捨てましょう。

ここで、腹診の目安となる「腹部の名称」をまとめておきます(下図)。以下で紹介していくさまざまな腹証では、これらのさまざまな部位の硬さ・やわらかさなどを見ながら、診断をしていきます。

 前置きはこのくらいにして、さまざまな腹証と、それを解消する養生などをみていきましょう。

腹部の名称

腹証1〜実満(太鼓腹)/虚満(カエル腹)

 どちらも腹部の肉が厚く、お腹が膨らんでいる状態です。ですが、

  • 実満は堅く張った“太鼓腹(パツパツ)”

  • 虚満は力の無い“カエル腹(ブヨブヨ)

といった違いがあります。同じお腹が膨らんだ状態といっても、“実”と“虚”がある。

初めて知った時には「漢方って、奥深いなあ……」と思ったものです。

実満・虚満

【実満の人は…】

・お腹の状態

 おへそを中心にお腹が堅く盛り上がっています。堅く大きなお腹の中には、気や血が滞り、老廃物が詰まっていると考えられています。

・なりやすい人

 いわゆる“無理がきく社長タイプ”。食欲旺盛で肉や油ものなどの美味しいものが大好き、お酒を飲んで夜更かしをするという人が多いです。

 そんな不摂生を続けているにもかかわらず普段は風邪ひとつひかない、健康そのもの! というのを自慢にしている人がいますが、東洋医学的には「実証」と言い、一番危険なタイプです。時折、若くして突然死した有名人の方のニュースが世間を賑わせますが、大抵がこのタイプなのではないかなと、私はみています。

・出やすい症状

 メタボリックシンドローム、高血圧、高脂血症、痛風、便秘、痔、皮膚病など。

・処方

 代表的な漢方は「防風通聖散」です。このタイプに大切なのは、たまっている「毒」を出すとともに新たな毒をためないようにすること。汗、便、尿から、“カラダの毒を出す”処方をします。

・日常で気をつけること

 実満タイプは活動的で無理が効く分、自分のカラダの異変や、辛(つら)さに対するセンサーが鈍くなっています。なので、相当ひどい段階にならないと、自分の不調に気付かないのです。

 たとえれば、ブレーキの壊れたダンプカーで高速を走っているようなもの。スピードに乗っているけれど止めることができず、“ぶつかったら終わり”。ですから相当注意深く、自分のカラダを管理する必要があります。

 新たな毒をためないために、特に気をつけたいのは、日頃の「食養生」です。実満タイプには美味しいもの好きのグルメが多いのですが、具体的には腹八分目を心がけ、肉、乳製品、甘いもの、こってりしたもの、揚げ物などを控えます。

 過食した日は次の食事を減らす、または抜いて胃腸を休めます。夜更かしや過労など、無理をした後は休息を心がけるようにします。

【虚満の人は…】

・お腹の状態

 ブヨブヨした、力のない感じの肉になっています。仰向けに寝ると柔らかく、ダラリと横に上がれるような感じです。お腹を引き締める力である“気”が不足しているために、ダラリとした肉付きになるのです。

・なりやすい人

 甘いものや果物、冷たいものが好きな人が多いようです。女性の場合は妊娠線が目立っている人や、出産後に太ったまま戻らない人が、この腹証になることもよくあります。

 出産という一大イベントにより気を消耗した結果、引き締める力がなくなりダラリと太ったままになってしまうと考えられます。

・出やすい症状

 筋肉が少なくブヨブヨした感じ、汗をかきやすい、産後に太った、暑がりで寒がり、関節痛など。

・処方・日常で気をつけること

 代表処方は防已黄耆湯です。原因は“冷え”であったり、気が滞っているためにガスや水が溜まったりすることもあります。ですので、冷やさないことと水を体に溜め込まないような養生が大切です。

 甘いものや冷たい性質のものを控える(生もの、果物、アイス、ジュースなど)、ゴロゴロしないで運動をして筋肉をつけていく、体を冷やさないようにする、といった、カラダから気が漏れないように気をつけます。水分の摂りすぎにも気をつけましょう。

腹証2〜小腹不仁(フニャフニャ)/小腹拘急(カチカチ)

 小腹不仁と小腹拘急は、どちらも漢方で言うところの“腎気”が不足している状態です。小腹とはおへその下、いわゆる丹田あたりのことを指します。

 腎気は、

  • 先天の気:生まれる時に親からもらったもの。先天的に持っている成長・発育のための生命エネルギーなど

  • 後天の気:飲食物により作られて補充されるもの

 とが合わさってできます。つまり生まれ持った先天の気に、日々後天の気が補充されて腎気となり、小腹に蓄えられているわけです。

 車にたとえると、気はエンジンに相当しますから、「腎気が不足している」とは、生命エネルギーが少ない状態。全体的にパワー不足で、老けこんだ感じをイメージしてみてください。

小腹不仁・小腹拘急

【小腹不仁/小腹拘急の人は…】

・お腹の状態

 「小腹不仁」は、お腹に力が無く、押すとフニャフニャした感じで指が沈む状態です。「小腹拘急」は逆に、お腹が硬く突っ張っている状態です。理想のお腹の状態は、“つきたてのお餅のような”柔らかさと弾力のある状態ですので、フニャフニャの不仁もカチカチの拘急も、どちらも良い状態とは言えません。

・なりやすい人

 冷え、寝不足、性行為の過多、過労、ストレス、暴飲暴食など、原因はさまざま。なかでも“冷え”は特に、腎の大敵です。

・出やすい症状

 耳の症状(耳が遠くなる、耳鳴りなど)、精力の減退、排尿困難、失禁、便秘、髪(薄い、抜けやすい、 細い、白髪が増える)、更年期障害、不妊、骨が弱くなる、骨粗鬆症、腰痛、膝の痛み、歯が弱くなる、冷えやすくなるなど。

・処方・日常で気をつけること

 代表処方は「八味地黄丸」などの腎を補う処方です。養生においては、補うよりことよりも先に、まずは腎気を損なわないようにするのが大切です。

 睡眠不足など、原因となっていることは思い当たりませんか? 冷えを防ぐのに、腎の重要なツボが沢山ある、腰から足までを温めるのも良いでしょう。

腹証3〜腹皮拘急(腹直筋の緊張)

 腹皮とは、主に腹直筋のことです。お腹の筋肉はいくつかの層からできていますが、一番上の層にあり手で触れられるのが、この「腹直筋」。左右一本ずつ、肋骨から恥骨にかけて長い橋のようについています。

 腹皮拘急とは、この腹直筋の緊張が亢進した(緊張が強くなりすぎた)状態のことを指します。腹直筋が左右ともに緊張していることもあれば、片側のみのこともあります。

腹皮拘急

【腹皮拘急の人は…】

・お腹の状態

 体のどこかが突っ張る、硬くなる、というのは、どこか弱いところを守ろうとしている反応です。しかし、その状態が長く続けば体は疲れてしまいます。

 腹直筋が緊張している場合、主にその内側にある内臓である胃腸や肝臓が弱っているのです。

 漢方では、筋肉と関係が深いのは主に

  • 肝:筋肉の“腱”の部分と関係する

  • 脾:筋肉の“肉”の部分と関係する

 とされています。腹直筋は長くて大きく、触れやすい筋肉なので、その状態を確かめることで、関連する内臓である肝や脾の状態を把握しやすくなります。

・なりやすい人

 肝と脾は関わりが深く、肝の勢いが強すぎると脾が上手く働かなくなります。イライラして胃が痛くなる……というのは、肝の働きが亢進しすぎている時のわかりやすい例です(下図の「木は土に勝つ(木剋土)」の状態です)。筋肉がけいれんしたり、つりやすくなったりもします。逆に、肝の働きが弱すぎると、脾を抑制できなくなり、ダラリとした締まりのない感じの筋肉になります。

五行相剋

・処方・日常で気をつけること

〈上腹部のみが緊張している場合〉肝の働きが亢進している状態で、抑肝散、四逆散(※1)などを用いる目標となります。

 肝は“ストレス”や“怒の感情”に弱い臓です。これらが、その人の許容量を超えると肝が悲鳴を上げ始め、パンパンになった肝が、今度は脾を攻撃し始めます。ストレスを上手に回避したりコントロールしたりして、リラックスするのが最大の養生です。

※1)四逆散を用いるのは「胸脇苦満」という腹証の場合もあります。次回以降で解説します。

〈上腹部から下腹部まで、お腹全体が緊張している場合〉もともと脾が弱いタイプです。小建中湯、黄耆建中湯、芍薬甘草湯、桂枝加芍薬湯など、いわゆる「建中湯類」を用いる目標になります。

 建中とは、“中を建て直す”という意味。そして中とは、胃腸を中心とした“中焦(※2)”を指します。もともと胃腸が弱い体質なので、食べ過ぎに気をつけ、揚げ物や肉類、乳製品は控えるようにします。甘いものが好きな人も多いですが、食事に障るので砂糖もなるべく控えるようにします。

※2)

上焦:横隔膜から上の胸部を指す。心、肺などを含み、栄養分を全身に巡らす

中焦:横隔膜からへその間の腹を指す。脾、胃など含み、飲食物の消化や栄養分の運搬をする

下焦:胃以下の部位を指す。小腸、大腸、腎、膀胱を含み、余分な食物かすや水分を排出する

 *

 次回以降ももうしばらく、代表的な腹証について紹介します。

(第四回 了)

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-- Profile --

著者●平地治美(Harumi Hiraji)

1970年生まれ。明治薬科大学卒業後、漢方薬局での勤務を経て東洋鍼灸専門学校へ入学し鍼灸を学ぶ。漢方薬を寺師睦宗氏、岡山誠一氏、大友一夫氏、鍼灸を石原克己氏に師事。約20年漢方臨床に携わる。和光治療院・漢方薬局代表。千葉大学医学部医学院非常勤講師、京都大学伝統医療文化研究班員、日本伝統鍼灸学会学術副部長。漢方三考塾、朝日カルチャーセンター新宿、津田沼カルチャーセンターなどで講師として漢方講座を担当。2014年11月冷えの養生書『げきポカ』(ダイヤモンド社)監修・著。

個人ブログ「平地治美の漢方ブログ」

和光漢方薬局

著書

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