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システマ随想 第十回 肺を開けばなんでもできる。システマ界のセカンド・ウィンド「第2の呼吸」

ロシアン武術「システマ」の公認インストラクターである、北川貴英氏が書き下ろしで語る、私的なシステマについての備忘録。第10回目の今回は、現在システマ関係者で話題になっている「第2の呼吸」についてです。呼吸と言えばシステマの根幹を成すメソッドですが、そこになにがあったのでしょう?

システマ随想

第十回 肺を開けばなんでもできる。システマ界のセカンド・ウィンド「第2の呼吸」 文●北川貴英

新たなセオリー!? 第2の呼吸とは何か?

“鼻から吸って口からフーッと吐く”

 これがシステマトレーニングの大前提、ブリージングです。

 緊張を治め、自らを整える。これを指導しないクラスはモグリと言っていいくらい、システマの大基本ですが、その常識がいま大きく揺らいでいます。

「鼻から吸って口からフーッと吐いてはいけない」

 そんな呼吸法をミカエルが教え始めたのです。

 これまでのブリージングは呼吸によって動きを導いたのに対し、第2の呼吸は正反対に動きで呼吸を導くというもの。肺を開き、気道を開き、口も軽く開いて、身体の動きによって呼吸が生じるようにするのです。

 従来のブリージングが積極的に呼吸をするのに対し、新しい呼吸法は受動的に発生する呼吸法と言えるでしょう。

 ミカエルはこの呼吸法を過去にも教えたことがあるそうですが、誰も理解できなかったため、しばらく封印していたとのこと。

 でもインターナルワークのトレーニングが始まって数年経ち、内的なことへの理解が進んできたことから満を持して再公開したそうです。

 この第2の呼吸を身につけようとすると、これまでとは練習のあり方がまるっきり逆転します。

 プッシュアップ、スクワット、シットアップ、レッグレイズからなる4大運動も、マーシャルアーツも全て逆。なにせこれまで金科玉条として重宝されていたブリージングを、意図的にしてはいけないのですから。

 戸惑いつつも、自分なりに第2の呼吸のトレーニングをしてみると、かなりの効果があるのは確かなようです。

“一体、これはなんなのだろう?”

 そんなことをつらつら考えているのですが、おそらく従来のブリージングは身体の中に呼吸を通すためのもの。これに対して第2の呼吸は呼吸が通りっぱなしの状態を維持するもの。そういう違いがあるのではないかと。

 身体をゴムホースに例えるなら、中が泥で詰まってしまっているのを水で押し流して綺麗にするのが、従来のブリージングです。あえて意図的にフーッと音が出るくらい強く呼吸をするのは、ツマリを洗い流すためです。

 でもツマリが取れれば、水圧をかける必要はありません。ツマリのとれた状態を維持するだけで内部を水、つまり呼吸がスムーズに行き来するはずです。そう考えると従来の呼吸は身体のツマリをとるための呼吸であるのに対し、第2の呼吸はツマリのとれた状態を維持するものと言えるでしょう。

 また、呼吸から動きを起こすだけでなく、動きで呼吸を起こすという第2の呼吸の要素を加えることで、動きと呼吸の間に双方向的な連携が生まれることも分かります。一方通行が二車線道路に変わるわけですから、流通の良さが段違いになるのは明らかです。

 しかし恐るべきはその要求の高さです。モスクワ本部では来日経験の豊富なウラジミール・ザイコフスキーがミカエルとともに、主にこの呼吸について指導してくれたのですが、「指先からまばたきまで、呼吸を導くようにしたい」と教えます。

ザイコフスキーが示す、新たな可能性

 そんな繊細でむつかしそうな印象のある第2の呼吸ですが、もしかしたらシステマ版「フィジカルモンスター」への道なのかも知れません。

 格闘技やスポーツの試合では、技術的には拙いにも関わらず圧倒的なフィジカルで全てをなぎ倒してしまうような選手がいます。この場合の「フィジカル」は筋力を差しますが、システマ版のフィジカルモンスターは、第2の呼吸で培われる「内的な力」の化け物なのではないかと。その最たる例が、ザイコフスキーです。

これまでも度々来日して指導もしている本部インストラクターのザイコフスキー氏

 ザイコフスキーは長身細身の体型で、ロシア人の中では華奢なほうです。しかし「インターナルワークならザイコフスキー」とミカエルが太鼓判を捺すほどのレベル。

 セミナーではもっぱら繊細さを要するワークが多いため、パワーには縁遠いイメージがあるのですが、モスクワ本部ではかなりの無双ぶりを発揮しています。セミナーでは丁寧に解説とともにワークを組み立てるザイコフスキーですが、本部のレギュラークラスでは「説明なんて役に立たないからとりあえず感じとれ」と、ひたすら技をかけてきます。こちらが自由に攻撃してよいフリースパー状態なのですが、寝技でも立ち技でもこれでもかというくらいにコテンパンにしてくるのです。質問してもただ、

「いいからかかってこい」

 立ち技ではありえない距離からありえない角度でありえない威力のパンチやキックが飛んできます。ある時は腕にパンチの集中砲火を受けて腕が上がらなくなるほどでした。それで攻撃を避けようとすると鋭い声で「Don’t run(逃げるな!)」。

 避けなきゃ痛いし、避けても怒られるというダブルバインド状態が30分くらい続く中、なんとか堪えていると、次第に「逃げず、受けず」という感覚が芽生えてくるから面白いものです。

 なるほど、ザイコフスキーはこれを伝えたかったのか、と。

 寝技も同様です。どんなにこちらが有利なポジションを取っても、あっさりとひっくり返してしまいます。それもかなり無造作に。上からがっちり関節を極めて押さえ込んでも、腕をひょいと動かすだけで吹っ飛ばされてしまうのです。

 これはザイコフスキーより明らかに体格に勝る相手に対しても同様で、一度などはフランスから来た格闘家にアームロックやチョークスリーパーなど色々な技を仕掛けさせ、すべて事もなげにぶん投げていました。

 この格闘家とザイコフスキーとのやりとりで、面白いことがありました。

 ザイコフスキーがやってみせたチョークスリーパー外しを自分でも試そうと思った格闘家が、ザイコフスキーにチョークスリーパーをかけるように頼んだのです。チョークスリーパーはある程度、格闘技のキャリアがあれば誰もが知っている常識的なテクニックです。私ですら見よう見まねのプロレスごっこで小学生の時に友達にかけていたくらいです。にも関わらず、ザイコフスキーはその掛け方を知らなかったのです。

 結局、自己流の締め方で格闘家にタップさせてましたが、本当に彼はシステマしか知らないのだと、その時はじめて納得したのです。

 システマをやる人は、だいたい何らかの格闘技経験があります。「何も経験していません」という人でも、実はいろいろやっていたりします。だからザイコフスキーもきっとそうだろうと、勝手に思い込んでいたのです。

 そんなザイコフスキーに尋ねました。「なんであなたの手足はそんなにパワフルなんですか?」その答えこそがこの「第2の呼吸」なのです。

第2の呼吸はどうやって学ぶのか?

 では第2の呼吸の練習はどのように進めていけば良いのでしょう?

 要点は「肺を開く」。

 肺を開き、気道を開き、口を軽く開いて、外気と体内の空気がひとつながりになるようにします。その状態を保ったまま動くのです。

 感覚をつかむには、「胴体を動かす」→「手足を動かす」→「末端を動かす」の順でエクササイズを進めるとわかりやすいようです。

 まずは胴体が連動するよう大きく手足を動かします。大きく胸を張ったり、ラジオ体操の体側伸ばしなど、色々な動きを試みると良いでしょう。4大エクササイズ(プッシュアップとシットアップ、レッグレイズ、スクワット)も良いですが、負荷がかかると力みが増して、すぐに肺が潰れてしまいます。そのため軽い負荷から始めた方が良さそうです。

 大きな動きで自然に空気が出入りする感覚をつかんだら、腕だけ、足だけの動きでも同じように空気が出入りするようにし、さらに進んだら前腕だけ、膝下だけ、手首、足首から先だけといったように肺から離れた小さな部位へと進んでいきます。

 その過程でプッシュアップなどの負荷を伴うエクササイズを織り込んでみても良いでしょう。他にもローリングしたり、シャシュカを振ったり、走ったりなど色々なやり方がありますが、ミカエルが言うには、「その感覚をつかむのに適したエクササイズには個人差がある」とのことです。ですから各自で「第2の呼吸」を掴みやすいエクササイズを見つけ、それを糸口にしてトレーニングを進めていくようにします。

 繰り返し注意されたのは「第2の呼吸ができてるフリ」で自分自身を騙さないこと。

 本来、受動的なはずの第2の呼吸ですが、つい従来の積極的なブリージングをやってしまいがちです。私自身は、口と鼻を出入りする空気を意識しているとそのミスを犯しがちなので、肺と全身の連動を観察するようにしています。

 すると肺が動いた結果として呼吸が生じるようになるので、そこそこ具合が良いような気がしています。

 第2の呼吸をやっていくと、ザイコフスキーほどとはいかないまでも、単純なパワーがアップするのが分かります。かなり力任せで強引なことをしても、呼吸が流通した状態にしておくと通用してしまうのです。

 懸垂や綱登りといったフィジカルトレーニングすら以前より楽にこなせるようになりました。

 インターナルワークは繊細なもの。精密さと引き換えにパワーを捨てた非力なもの。

 そんなイメージがつきまといがちですが、実はずいぶんパワフルなものなんだということを、私は第2の呼吸を通じて思い知りました。

満を持して第2の呼吸を公開したミカエル氏

 ミカエルは「第2の呼吸は、これまでのブリージングを否定するものではない」と語っています。特に初心者などブリージングの感覚をつかんだり、普段の生活に取り入れたりする上で通常のブリージングはとても有効です。

 そうやって積み重ねたブリージングのトレーニングはもちろん、第2のブリージングにもつながってきます。だからといって、第2の呼吸を「中上級者向け」のように初心者から切り離す必要もなさそうです。

 モスクワ本部では、まったくの初心者ながら、いきなり第2の呼吸をつかんでしまった人もいたようです。人はどこから何をつかむのか分かりません。ですから第2の呼吸も含めて幅広く体験し、自分なりの糸口を見つけるのが良いのでしょう。

 個人的には第2の呼吸、ものすごく気に入っています。とは言えまだまだ筋力使うし、従来のブリージングも混じってしまいます。

 第2の呼吸を始めるとどうも、自分のアラがこれまで以上に表面化するようです。でもそれはさらなる伸び代が見つかったということ。今後のトレーニングがさらに楽しみになりました。

肺を開けばなんでもできる。まずは開こう。開けばわかるさ。

 そんな猪木イズムすら匂わせる「第2の呼吸」。かなりいじり甲斐がありそうです。

(第十回目 了)

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--Profile--

著者●北川貴英(Takahide Kitagawa) 08年、モスクワにて創始者ミカエル・リャブコより日本人2人目の公式システマインストラクターとして認可。システマ東京クラスや各地のカルチャーセンターなどを中心に年間400コマ以上を担当している。クラスには幼児から高齢者まで幅広く参加。防衛大学課外授業、公立小学校など公的機関での指導実績も有るほか、テレビや雑誌などを通じて広くシステマを紹介している。 著書 「システマ入門(BABジャパン)」、「最強の呼吸法(マガジンハウス)」 「最強のリラックス(マガジンハウス)」 「逆境に強い心のつくり方ーシステマ超入門ー(PHP文庫)」 「人はなぜ突然怒りだすのか?(イースト新書)」 「システマ・ストライク(日貿出版社)」 「システマ・ボディーワーク(BABジャパン)」 「ストレスに負けない最高の呼吸術(エムオンエンタテイメント)」 「システマ・フットワーク」(日貿出版社) 監修 「Dr.クロワッサン 呼吸を変えるとカラダの不調が治る(マガジンハウス)」

「人生は楽しいかい?(夜間飛行)」 DVD 「システマ入門Vol.1,2(BABジャパン)」 「システマブリージング超入門(BABジャパン)」 web site 「システマ東京公式サイト」

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