06.ヒモを締めると緊張が抜けて姿勢が良くなる
—実際に生徒さんのお写真を見せて頂くとヒモやボードを使うと素人目にも姿勢が全く違いますね。
藤田 そうですね。もちろん全員に効果があるということではないのですが、ハッキリ姿勢が変わる子供も沢山居ます。姿勢が変わると無理をしないで体を使うことができますので、空き缶を潰す作業学習も行いやすくなりますね。あとこれは今試しているところなのですが、発達障害などで肩や手に力が入って筆圧が強すぎて上手くノートが取れない生徒がいるんです。普通に書くとノート三枚くらいに跡が残ってしまう子供もいて、体力的にも宿題をこなすのが大変なんです。そういう生徒に「ヒモトレ」を試してもらって力の入りすぎが解消できれば宿題も楽にできるので、単に体が楽になるということだけではなくて、そこから勉強や生活が変わる切っ掛けになるんです。
—そうした指導をするなかで一番大事なところはなんでしょう?
藤田 呼吸です。重度の子供はもちろんですが如何に呼吸を楽にさせるかが大事で、特に大きな息をさせて吐かせることが課題なんです。実際、どうやって呼吸をさせるかについては理学療法的な面からも色々な方法があるのですが、やっぱり全員に効果があるわけではないんですね。もちろん「ヒモトレ」もそこは同じなのですが、間違いなく効果があることもあるので、これからも試していきたいと思います。
—確かに呼吸は命を含む全てに関わることですからね。
藤田 呼吸が苦しいと体に力が入って、さらに呼吸がしづらくなって……という悪循環の入り口が呼吸なんですね。まず呼吸が楽になると体から無駄な力が抜けて改善されていくわけです。ですから呼吸は本当に大きな課題ですね。
—伺ってみれば当たり前のことですが、一つの変化が生活全体に関わっているんですね。
藤田 ですから本当に効果のあるものを探していて。例えば嚥下障害の子供は自分の唾で溺れてしまうんです。ですから常に唾を吸引しなければならないのですが、せめて喉の緊張が解けないかと、頭にヒモを巻たところ効果があって。
—写真を見せて頂くと確かに頭にヒモが巻いてあって、ちょっと不思議な光景ですね。キツくはないのですか?
藤田 はい、外せば少し跡が残りますが余裕がありますのでキツくはないですね。
—効果はいかがですか?
藤田 嚥下自体はできないのですが、喉や肩の緊張や顔のむくみが取れて呼吸が楽になりました。
—ヒモを締めることで緊張が抜けたわけですね。
藤田 やはり緊張状態が続いている生徒が多いのでまずそれを緩めることが大事で。一見すると普通に見える子供でも、実はずっと爪先だけで体を支えているような生徒もいて、そういう子供の靴下を見ると爪先の方だけが黒くて踵は真っ白なんですね。その緊張状態のまま体を動かしたり勉強をしても難しいのは当たり前で、そのベースになる部分を良くするヒントが「ヒモトレ」にはあるのではないかと期待しているんです。
—写真を見ながらお話を伺っていて一番驚いたのは、ヒモを締められた生徒さんの顔に笑顔が見られて、姿勢の方も一般的な意味での〝良い姿勢〟に近く整っていることです。お話を伺うまでは、端からはかなり無理な姿勢で体を捻っているように見えても、その子にはその子なりの体の理由があってできた楽な姿勢なのだろうと思っていたのですがそうではないんですね。
藤田 はい。色々なケースがあるので一概には言えないのですが、例えば脳性麻痺などでアテトーゼの子供は、自分の体を止めることができないので捻って自分の体を押さえつけることで止めようとしているんです。
—自分で自分の体を無理矢理に押さえつけているわけですか。
藤田 そうです。その結果脱臼をしたり喉を潰してしまったりすることがあるわけです。そこでヒモを使うと体から余計な力が抜けて楽な姿勢になるわけです。実は少し似た方法で輪っかの中に手を入れて作業をすることで、アテトーゼを抑えるという方法はあるのですが、これだとそれを行う意味を頭で理解した上で体をコントロールしなければならないので実際には難しいことが多いんです。
「ヒモトレ」の場合はヒモを軽く締めることで起きる体の自動的な反応なので無理がないのだと思います。ここはなにか証拠があるわけではないのですが、結果として生まれた安定した状態で〝ものを触ってみよう〟とか〝字を書いてみよう〟というコントロールを覚えていけばスムーズなのではないかと考えているんです。
—まさにベースの部分ですね。
藤田 また音などに過敏に反応してしまう子供にも効果がありますね。ただ常に効果が絶対ということではなくて様子見て耳栓で対応したりしていますが、ヒモに一定の効果があることは言えますね。ですからそこで生まれた安定したポジションを体で覚えて習慣化できると良いなと思っています。そこがこれからの課題で小関先生にも期待しているところです。
—ヒモがなくても安定した状態をキープする方法ですね。
藤田 やはり頭で理解して体をコントロールするということがとても難しいので、自分の体の中に良い状態を覚えて、問題を解消していくかがポイントになると思っています。ただ、仮にそれが上手くいかなくて当面は今のままだとしても、「ヒモトレ」のような介助や支援で苦しさが軽くなって、必要のないエネルギーを使わずに済むのであれば、それだけでも試す価値があると思いますね。
—大変心強いお言葉で嬉しいです。コントロールということでは片麻痺などのそもそも麻痺しているケースではどうでしょうか?
藤田 効果がありますね。実際に片麻痺の子供に脚ヒモを試したのですが健康な右脚側が麻痺している左脚を引っ張って動きが出ました。
—麻痺していてもバランスがとれるわけですか。
藤田 小関先生が講習会で「陸上の選手が弱い方の脚を鍛えてますますバランスを崩してしまうケースがありますが、それは脚が別々に存在するのではなく繫がっていることを忘れているからです。」とお話しになっていた通りで、確かに麻痺はしていても筋肉も骨もあるわけで体は連動しているんです。そこでこの子供には親御さんと相談して三輪車を試してもらったところちゃんと漕げるようになって、今年の運動会は三輪車で出場して走りました(笑)。
—それは凄いですね!
藤田 やっぱりヒモを巻くと脚が出やすいんですね。あとはお腹ですね。やはりお腹が固いと呼吸がしづらいので、呼吸が難しい子供にたすき掛けを前にやる形で締めて、お腹にもヒモを巻いてみたところ、お腹が動くようになって呼吸が楽になりました。
—胸の前とお腹にヒモを巻くわけですか。
藤田 はい、まず胸を緩めないと息がお腹に下りてきませんので二つ巻いているんです。
—組合せでより効果的なるわけですか。お話を伺っているとやはり現場で色々されているのでこちらが思っている以上に発見や工夫があるんですね。
藤田 やっぱり必死で色々考えているからでしょうね。
—効果があるケースだと親御さんが家でも試したいと思ったりするのではないのでしょうか?
藤田 そうですね。ただ親御さんはやっぱり必死なので〝良くなって欲しい〟と思う気持ちが強すぎてヒモも強く巻いてしまうことが多いんですね。
—ああ、なるほど。
藤田 ですから、どうしても家でも試したいという方には「このくらい巻けば十分ですよ。これ以上だと締めすぎです。」ということを実際に自分で体験してもらってからお願いしています。
—出版した側としては「ヒモトレ」のユニークさが〝締めることで逆に体が緩まって整う〟ことだと分かっていたはずなのですが、こんなに活用法があるとは驚きました。
藤田 そうですね、「ヒモトレ」は一見するとヒモで体を拘束しているように見えるかもしれませんが、そこで起きる動きは生徒が自発的に起こしている動きなんですね。確かに外側から動かない部分をマッサージなどで動かすことも大事なのですが、やっぱり自分の動きで覚えていくことも大事なんです。「動かされた」だけでは学習になりませんので。
—先生ご自身でよく使われている「ヒモトレ」はありますか?
藤田 色々試していますけど、大阪へ高速バスで行く時に脚首に巻く〝ヒモラク寝〟をしています。これは本当に効果があって、それまでは3時間もバスに乗っていると腰が痛くてしょうがなかったのが全然痛くなくて感謝しています(笑)。
—それは良かったです(笑)。
こちらは腕と肩にヒモを巻いたケース。写真だけ見ると窮屈そうにみえるかもしれないが、実際はつけている方が本人も楽で笑顔を見せてくれている。
※写真は保護者のご許可の上で使用しています。
藤田先生が愛用している“ヒモラク寝”。
ヒモを足首に巻くだけの簡単なものなのですが本当に楽になるのでお薦めです。
書籍『ヒモトレ』55頁より。